村山  知生
マーシュ ブローカー ジャパン株式会社 代表取締役社長
企業が直面するリスクが多岐にわたる現代社会では、経営基盤を強固にするためにリスクマネジメントが欠かせません。
保険ブローカーには、リスク分析等により見出した顧客ニーズに合致する保険プログラムの提案や設計、保険会社と交渉することで顧客に取りベストな保険契約の締結の媒介、そして企業のリスクマネジメント対策を総合的に高度化する役割があります。
本コラムでは、
を詳しくご紹介します。
前編「大企業におけるリスクマネジメントとは?リスクの種類や基本プロセス、取り組みのポイントを解説」と併せてご一読ください。
保険リスクマネジャーとは、組織を取り巻く様々なリスクを特定し、分析、評価する専門家です。また、
なども行います。
欧米ではほとんどの大手企業にリスクマネジャーが配置されていますが、日本ではまだまだ稀な存在です。
一般的に、損害保険は、保険を販売する保険会社と保険を購入する保険契約者との間で利害が相反することがあります。そのため、双方に交渉を重ねて双方に納得度のある落としどころを探る必要があります。
ただ、残念ながら保険のプロである保険会社に対し、企業側には保険のプロがいないケースがほとんどであるため、情報の非対称性が著しく、知らず知らずのうちに保険会社にとって有利な保険を契約している場合が多いのです。
このことから、各部門のリスクを洗い出した上で横断的に分析・管理し、保険会社と対応に交渉交渉するリスクマネジャーの存在は欠かせないといえます。
保険ブローカー(保険仲立人)とは、保険の契約者である企業から委託を受け、その企業のために誠実に保険契約締結の媒介を行う者です。
保険ブローカーは保険代理店とは異なり、保険会社から委託を受けるのではありません。保険会社から独立した立場で、顧客である契約者のために尽力します。
また、保険ブローカーには保険契約者のために誠実に保険契約締結の媒介を行う誠実義務(ベストアドバイス義務)が、保険業法により課せられています。
ベストアドバイス義務は、保険契約者にとって最も有利で有益な保険媒介やアドバイスを提供することで、中立な立場に加え、リスクマネジメントおよび保険に関する確かな知識が要求されるものです。
保険ブローカーには、顧客にとって最適な保険設計を行い、保険会社と交渉して最適な保険条件を引き出す役割があります。
保険マーケットにおける知識・情報、豊富な経験・知見を活かしてリスクを的確に分析・評価し、ベストアドバイス義務を遵守します。
すなわち、保険ブローカーはリスクマネジメントの総合的なコンサルティングを担う立場ともいえます。
保険以外のリスクマネジメント手法をただしくアドバイスできるため、企業が直面しているリスクについて、現状どのような対策をとっているか、どうすれば改善できるのか課題を特定し、検討をする上で役立ちます。
保険ブローカーと保険代理店は、委託を受ける主体や立場、役割などが大きく異なります。
保険代理店は保険会社の代理人として、保険会社の商品を販売し成果を上げることが最大の目的となります。
一方、保険ブローカーには、特定の保険商品を販売するミッションがないため、顧客に必要のない保険商品を売ることはありません。
むしろ、顧客が加入しすぎている不要な保険は解約するようアドバイスもします。
保険契約者ではなく、保険会社から委託を受けて保険商品の販売を担います。
保険会社からの委託により、保険契約の締結や保険料領収権、告知・通知受領権などを有します。保険会社から受け取る手数料が保険代理店の収入源となり、保険会社は保険代理店に販売支援を行います。
保険会社を限定せず、日本で免許を受けたほとんどの保険会社との間で保険を媒介できることも特徴で、以下の保険種目については、日本で免許を受けていない海外の保険会社の商品を媒介することも可能です。
・再保険契約
・外航船舶保険契約
・外航貨物保険契約
・商業用航空保険契約
・人工衛星保険契約
日本では平成8年(1996年)4月の保険業法の改訂により、「保険仲立人制度(保険ブローカー制度)」がスタートしました。保険仲立人制度は、保険商品の販売チャネルの多様化、競争促進による利用者利便の向上を図る目的で導入されました。
一般社団法人日本仲立人協会によると、2024年12月30日現在、日本では58の保険ブローカーが登録をしています。一方、保険代理店実在数は15万店超となり、日本では保険代理店の数が圧倒的に多い点が特徴です。
なお、日本の保険代理店制度では、複数社の保険会社から委託を受けて、10以上もの保険会社と乗り合うことができます。
制度上、欧米では保険代理店の乗合数が制限されていることが多く、保険代理店は保険ブローカーの様に多くの保険会社の商品を扱うことができません。
そのため、欧米では、保険代理店と保険ブローカーの棲み分けが明確になっております。
1):誠実義務(ベストアドバイス義務)に基づいたアドバイスを受けられる
保険ブローカーは保険代理店とは異なり、保険業法によって誠実義務(ベストアドバイス義務)が定められているとお伝えしました。
これにより企業はどのようなメリットを得られるのか具体例を挙げて説明します。
私たち保険ブローカーは、顧客である企業とコンサルタント契約を締結した際、はじめに企業の保険証券をすべて確認するところから業務がスタートします。
一般的に、大企業であれば少なくとも20から30本ほどの保険に加入していることが多く、必ずと言っていいほど補償内容に重複が見られます。
万が一の事故が起きた際、二重に給付が行われるわけではないため、私たちブローカーは不要な保険カバーを伝え、積極的に保険料削減のアドバイスを行います。
一方、保険会社や保険代理店は保険販売をミッションとしています。
仮に重複加入している保険を見つけても、保険料削減のために解約を勧めるとは考えにくいでしょう。
この違いこそが、ベストアドバイスの有無によるものです。
なお、保険ブローカーは顧客から求められれば費用を開示します。しかし保険代理店は、顧客から求められても手数料を開示できないルールとなっていることも大きな違いです。
保険ブローカーは手数料の大小ではなく、企業が対峙しているリスクの大小や種類、状況に応じて保険アドバイスを行うため、透明性をもってアドバイスに従事できるのです。
私たちは契約時に「事故の立場に関する事項について」という法定文書を用いて、ベストアドバイス義務の内容を顧客に説明します。
保険会社の代理人ではなく、独立した専門家として、万が一説明やアドバイス内容に間違いがあれば責任を負うことも特徴です。
保険仲立人は、顧客のために誠実に保険契約の締結の媒介を行わなければならない
・その業務の遂行および保険会社等の選択に当たって、顧客の目的、財産の状況等を考慮するとともに自己の知り得る保険商品の中から顧客にとり最も適切と思われるものを、理由を明らかにして助言しなければならない
・自己の職務から得る手数料の多寡によりサービスの質を変えてはならない。また、リスクに関し同様の条件の顧客間で不当な差別を行ってはならない。
・顧客が個人の場合は、重要事項や推奨理由等を書面で説明する等、可能な限り顧客に分かりやすく伝え、誤解を生じさせることのないよう努めなければならない。(監督指針)
保険ブローカーであるマーシュは、世界130ヵ国に進出しており、世界各国でサービスを提供しています。このグローバルネットワークを活用して適宜連携し、世界中でサービスを提供できるのが私たちの最大の強みです。
グローバルなサプライチェーンを持つ企業や、今後海外展開を検討している企業にとって、グローバル保険プログラムにより、グローバルでの保険設計・支援を一任できる点はメリットといえるでしょう。
日本では、損害保険の自由化が他の先進諸国より遅かったことから、長らく全ての保険会社が同一のカバー内容、同一の保険料率で引き受けを行う状況が続きました。そのため、多くの企業は企業グループ内に保険代理店を設立し、そこで代理店手数料を得ることで、実質的な保険料の割引を享受していました。
1996年の自由化から四半世紀を経た今日においても、多くの企業が保険料の実質的な割引を得る目的で企業内代理店を活用しています。しかし近年は海外事業の拡大を目指す企業が増え、世界各地の工場や物流拠点・販売拠点を活用したグローバルサプライチェーンを展開する企業も増加しています。
海外の保険ブローカーと提携関係を持つ保険代理店も見受けられますが、正直なところ日本の企業に対して日本初の本格的なグローバルプログラムのサービスを提供することは困難でしょう。
海外進出をしている企業は、
「この国ではどのリスクに対して保険で備えるのか?」
「競合である現地企業は、どのような保険プログラムに加入しているのか」
ということを知りたいはずです。
マーシュは、世界各国の様々な業種において現地の大手企業を担当していることから、海外のライバル企業に引けを取らない、真のグローバル保険プログラムを日本の企業に対して提供することが可能です。
保険ブローカーは、日本の保険代理店での対応が難しい「Large(大きな)」「Complex(複雑な)」「Difficult(難しい)」という特徴を持ったリスクにも対応できます。
それぞれのリスクの例を挙げてご説明します。
半導体製造工場や発電所、製油所などの大規模な施設で火災が発生すると、ぼや程度の火災でも非常に大きな損害額となるリスクがあります。ときには数千億円規模の保険限度額が必要になりますので、その場合には1社の保険会社では引き受けが出来ません。
そのような場合、保険ブローカーは、日本のみならず世界中の保険会社や再保険会社から引き受け能力を集めて、のべ50数社以上の保険会社を組み合わせて大規模な保険プログラムを組成します。
各保険会社の引き受け能力をパズルのように組み合わせ、数千億といった限度額の保険を構築することは、保険ブローカーならではの仕事です。
なお、複数の保険会社を集めて大きなリスクに対応する際は、引き受け会社の大半が海外の再保険会社となります。
日本の規制上、保険代理店は再保険の手配ができないことも、保険ブローカーに保険仲介を委託するメリットといえるでしょう。
世界各国に散らばった顧客のリスクのつながりを分析・評価して、複雑なグローバルサプライチェーンのリスク対策を講じることも、保険ブローカーの役割です。
例えば、日本で製品を設計し、ベトナムやインドネシア、マレーシアなどの工場で部品を製造し、それらの部品を用いて中国で組み立てを行い完成品を出荷するケースを考えてみましょう。
万が一、製品の不具合で製造物責任を問われ、訴訟に発展した場合、どの国でリスクの責任を負うのでしょうか。
組み立てを行った中国工場の責任を問われることもあれば、設計上の瑕疵として日本本社での責任を追及されるかもしれません。
どの国でどのようなリスクが発生するかを見極めて、様々なケースに対応し得る保険プログラムを設計する力が求められます。
近年、過度な中国依存を緩和するため、新たな国に製造拠点を設けようと検討する企業が見られます。
自社工場で不良品を製造したり、火災等の事故が起きないように備えることはもちろんですが、リスクマネジメントは国単位で区切って考えるのではなく、複数の国の連関性や地政学リスク等も加味して、検討しなければなりません。
「現地の保険に加入すれば安心」「中国は中国、ベトナムはベトナムで個別の保険に入ればOK」という考えではなく、複雑なグローバルリスクを考慮した設計が必要となるのです。
損害保険は、原則として過去に発生した事故や災害から、将来の損失額を予測します。しかし不確実性の高まる昨今では、自然災害が激甚化し、さらに地球の温暖化やサイバーリスクのようなこれまで人類が経験してこなかった新たなリスクが増加しており、先々のリスクの予測が難しくなっています。
保険会社は、発生の頻度や発生した際の大きさが予測できないリスクを引き受けることは困難ですから、リスクの種類によっては保険会社探しが難航する可能性があるでしょう。
しかし保険ブローカーを活用すれば、世界中の保険会社の中から引受先を探すことが可能です。
一般的にかなり引き受けが難しいリスクや相当ニッチな分野のリスクでも、それらにノウハウのある保険会社が見つかる場合があります。例えば、世界には原子力発電所のリスクを専門に引き受ける保険会社や、医薬品の臨床試験、戦争やテロのリスクを得意にしている保険会社があります。
これらのリスクは、日本の保険会社では免責事項になる場合がほとんどですが、世界のマーケットを見渡せば、通常は保険化が困難なリスクを引き受ける会社が存在するのです。
このように日本では対策が難しいリスクに対しても、海外の事例やグローバルな動向を捉え、柔軟に日本におけるリスクマネジメント策に応用することができるのが、保険ブローカーならではの強みと言えます。
リスクコンサルティングサービスとは、予測不可能なリスクに晒されている企業に対して、ビジネスの収益と業務に与えるリスクの影響をより正確に予測し、最小限に抑えるために、リスクマネジメントの戦略策定と実行支援を提供するサービスです。
保険ブローカーのリスクコンサルティングサービスを活用すれば、企業を取り巻くリスクの発生を抑制するだけでなく、企業のレジリエンス強化も期待できるでしょう。
マーシュが提供するリスクコンサルティングサービスの特徴をご紹介します。
保険ブローカーは、保険の仲介者であると同時に、リスクマネジメントのアドバイザーでもあります。
そのため、いきなり保険の提案を行うのではなく、あくまでもリスクマネジメント高度化の視点でアドバイスを実施します。
近年、日本の財物保険(火災保険)の保険料率は上昇を続けており、保険料削減のためには免責金額を上げる、あるいは限度額の引き下げを検討しなくてはなりません。免責金額を上げる際は、企業の財務体力を鑑みて、現実的な自家保有額を算出する必要があります。
企業の経営指標を確認し、リスクの保有と転嫁のベストバランスを見極めるのがリスクファイナンシング最適化サービスです。
BCPとは、自然災害や事故など大規模な災害が起きたときに、事業の被害を最小限に留めて、早期復旧を試みるために事前に備えておく取り組みです。
ほとんどの企業はBCPを策定しているものの、実態としては、実際に事故が起きた局面で十分に機能しないことが指摘されています。
東日本大震災の際、多くの企業においてBCPが機能せず、復旧に時間を要したことから、マーシュのリスクコンサルティングサービスでは、顧客の既存BCPに基づいて、緊急時組織の状況に合わせた多種多様なBCP訓練(研修、訓練、演習)を国内外で蓄積した知見を用いて提供しています。
ロスシナリオシミュレーションとは、海外を含めた様々な企業が経験した事故に関するデータを収集・分析の上、顧客と同規模の企業で発生し得る事故をシミュレーションするサービスです。
過去に発生したデータをもとに自社のリスクを可視化することで、適切なリスクマネジメント策を設計できます。
サイバーリスク定量化とは、各社のサイバーリスクを詳細にわたり分析、シミュレーションして企業ごとの保険アドバイスを行うサービスです。
サイバーリスクといっても、企業ごとに保有しているデータの質・量は大きく異なり、サイバー攻撃等に対する脆弱性には大きな差があります。それらのリスクを評価して、基幹システムの停止やサイバー攻撃への準備、さらにはサイバー保険を活用したリスク移転をサポートします。
ロスコントロールとは、企業の損害を防止したり、低減したりする取り組みです。
例えば、万が一の火災に備えて自動消火設備を導入するなどの提案を行います。
昨今、企業経営に対する不透明感が一層拡大する中、自然災害のリスクが激甚化していくことを鑑みると、リスクの保有と転嫁のバランスを意識してリスクマネジメントの強化に取り組む必要があります。
単に保険で備えるだけでは、保険料の上昇による企業経営の圧迫を避けるため、リスクを正しく見極めて、回避、低減、転嫁、保有に仕分けることが重要です。
例えば、地震大国の日本では地震保険の保険料がとても高額になります。地震保険に加入する企業を見ると、1兆円規模の企業が限度額20億円程度の保険を契約しているケースも見られ、十分なリスクヘッジができていないと感じる場面が多々あります。
このケースでは、100億円程度を免責にしてリスクを自家所有し、100億円超の損害に対して保険を契約しませんかなどとアドバイスを行います。免責額はケースバイケースとなりますが、企業のKPIを確認しながら、保有と転嫁バランスを決めるための議論が必要です。
今後、地震や火災保険料は上昇を続ける見込みのため、保険会社任せにせず、適切なラインでリスクを自家所有すべきでしょう。
企業によっては自社のリスクを保有するための専門の保険会社(キャプティブ)をつくり、より積極的にリスクを保有する方法も検討可能です。
リスク保有と転嫁のバランスに正解はありません。何よりも大切なのは、企業が対峙するリスクに対して、「なぜ保険に加入したのか」「なぜこの免責額を設定したのか」について、根拠を持って説明できる状態を目指すことです。モンテカルロ・シミュレーション*などを実施しながら、自社が守りたいKPIと照らし合わせて、根拠のある数値を導き出しましょう。
*モンテカルロ・シミュレーション:不確実な事象の発生を推定するために使用される数学的技法。モンテカルロ法、また多重確率シミュレーションとも呼ばれる。
トップマネジメントの最終的な意思決定を促せるような根拠を示し、リスクに総合的に備えることができよう、保険ブローカーの活用を検討するきっかけとなれば幸いです。
不確実性の高いマーケットで、企業に求められるリスクマネジメントは複雑化しています。
今後、グローバルマーケットへ展開を検討する企業をはじめとする多くの企業が、リスクやリスク対策に関する説明責任を求められるようになるでしょう。
たとえ数百年に一度しか起こりえないリスクが生じたとしても、企業は根拠を示しながら、何を保険で備え、どのようなリスクマネジメントを講じていたかを説明する必要があります。
企業の持続的な成長を支えるアカウンタビリティのためにも、リスクを多角的に分析・評価し、最適なリスクマネジメント手法を選択できるよう、ぜひマーシュまでご相談ください。
マーシュ ブローカー ジャパン株式会社 代表取締役社長